ブラインドサイト(盲視あるいは盲人の視覚)

                             
◆ブラインドサイト(盲人の視覚)とは?

“ブラインドサイト”という言葉を聞かれたことがあるでしょうか。多分ほとんどの人にとって馴染みのない言葉ではないかと思います。“ブラインドサイト”は英語でBlindsightと書きますが、直訳すれば、見えない人の視覚、すなわち“盲人の視覚”とでも訳すことができるでしょう。そして、当然のことながら、誰もが盲人の視覚とはおかしな話である、見えない人に視覚があるはずが無いのだから、これは残存視力(視覚に障害があって、まだ利用可能な視覚機能を指す)で見ることを指しているのか、あるいは指で触った物体の部分が視覚的イメージとして感じ取れることを指しているのか等、様々な想像をされるのではないでしょうか。

そのように考えるのは当然のことの様に思えますが、実は、この“ブラインドサイト”とは、英国のL. バイスクランツという人が70年代初頭に実際に盲人にも視覚があることを慎重な臨床的研究に拠って明らかにした事実なのです。この研究報告は、視覚の働きや、人間の意識の問題を考えるときにとても興味深い材料であると言えます。

◆ブラインドサイトの視覚反応
 その“ブラインドサイト”は、ものや形や明暗も分からないと感じている盲(もう)の人で、かつ視覚系の末梢の眼球(網膜)や視神経などに起きた障害ではなく、脳の第一次視覚野という視覚経路の高次の部分に障害がある人に見られます。

その様な脳の視覚中枢の問題が原因で盲になっている人は、例えばその人に向かってボールを投げると、ヒョイと避けたりすることができるわけです。それはあたかもボールが飛んでくるのを見て、それを避けているようにみえます。しかし、その避けた当人に訊ねてみても、なぜ避けたのか、その理由を説明することが全くできないという大変奇妙な話なのです。

 バイスクランツ博士はこの様な例を幾つも観察して、その症例を“ブラインドサイト” と名づけました。邦訳では“盲視”という言葉が使われる場合もありますが、盲点(網膜上で光覚を生じない領域−視神経乳頭に一致する)との混同も起きかねないので、そのままブラインドサイトとするか“盲人の視覚”とするのが適当かもしれません。ブラインドサイトの人の視覚反応を正確に記録するには、暗い中で光の点を点滅させ、その位置を指してもらうという方法で行います。その試験の結果、“ブラインドサイト”の人からは、呈示された光点と指示した場所の一致が視覚を有していなければ説明できないような成績が得られました。しかし、その人が光の点を指せるという事実にも関わらず、 “ブラインドサイト”の人は自身に光の存在を捉えている自覚が無いのです。つまり、視覚的に捉えられていないものに対して反応できたというわけです。

◆ブラインドサイトの神経メカニズム 
 この“ブラインドサイト”という現象はとても不思議なものですが、神経学的に考えると理屈が立たないわけではありません。このバイスクランツ博士等の見出した“ブラインドサイト”という一見不思議な現象も、神経の構造や機能を知る人に取っては、説明不可能なものではありません。網膜から視神経まで、光情報の通り道は基本的に一つ(直列)ですから、網膜や視神経などの視覚経路の末梢側が損傷を受けると、それ以降に光情報が伝達されなくなってしまいます。視神経以降では、光の情報は視覚経路の末梢から脳内の複数の中継核に運ばれて様々な所に伝達され、情報経路が並列化します。われわれが通常視覚と呼んでいる“意識できる視覚”は、その中の第一次視覚野に行く経路によって起きるものです。しかし、ここを経由しないで、運動系に直接入ってゆく経路等もあるため、第一次視覚野の経路が損なわれている人に起こる“ブラインドサイト”は、それ以外の他の視覚情報経路の働きで起きるのであろうと考えられるわけです。
 
◆見える、見えないという主観
 見える、見えないとわれわれが言うのは、網膜で受容した光情報が視神経、中継核(外則膝状体)を経て第一次視覚野に到り、さらに高次の脳の部分で知覚され認知(意識)される過程のことです。これは人が通常「視覚」と呼ぶそのものです。

しかし、“ブラインドサイト”は見える、見えないという視覚とは別の側面を持つ視覚があることを示しています。それは、主観的には外界を視覚的に認識(色や形やサイズなどの情報が視覚化されて意識に上る状態)されていないものの、意識に至る視覚経路とは別の神経系を介して神経情報処理が進んでいることを意味していると考えられます。これは、“〜が見えた”という主観的な視覚に対して、身体的には外界からの刺激を受け止めているのに関わらず、意識(主観)に上らない水準の視覚があることを意味しています。

これは、下等な動物の視覚や脳のことを考えてみると納得が得やすいかもしれません。
 例えば、貝には陰影反射(shadow reflex)というものがあり、私達がよく知っている帆立貝には、貝の縁に沿って見られる通称“ひも”と呼ばれる部分に目(光受容器)が多数配列しており、影がそこを横切ると蓋を閉じたり逃避したりします。 
 この様な行動は、恐らく下等動物に優勢な反射によるもので、人間で言う脳での認知には到っていないものと思われます。人間にも色々な反射があり、それが意識とは関係なく起こる様をみて皆不思議な感じを覚えた経験があるのではないでしょうか。“ブラインドサイト”はその様な意味では反射的であり、また意識下感覚(Subliminal Perception)の一種と言えるでしょう。

     
写真1:帆立貝が開いたところ 写真2:帆立貝の眼の拡大写真
貝の縁に沿って見られる黒い点々
が眼です。  


◆人の心と人間の活動
 人間では“こころ”が他の動物に比べて非常に発達しています。行動を企画し、結果を予測し、遂行するという過程がほとんどの場合意識されて行われます。そのため、われわれは普通、自分の感じていること、やっていることが全て完全に意識されていて、行動、動作のあらゆることの決定権を持っているように考えているのではないでしょうか。そのため、一旦自分の意識が関与していない身体現象が起きると無視・軽視したり、慌てふためいたりする傾向さえ見られます。

“ブラインドサイト”は、実はわれわれの行動や動作の中に、意識されていない情報に基づく活動によって支えられている部分があることを示唆するものと言えるでしょう。つまり、“ブラインドサイト”は視覚野に損傷のある視覚障害者だけの機能ではなく、健常者の中でも大いに働いているのではないかと推測されます(未だ、明確には証明はされていませんが)。人間の身体的活動や精神的活動を考える場合、このように主観的に意識できないことが様々な動作や行動に働いていることが考えられます。私達が第6感と呼んでいる不思議な感覚の中にも、この意識されない感覚情報が働いている場合が含まれているのかもしれません。

“ブラインドサイト”は視覚障害が教えてくれた、われわれの身体の不思議の一つでしょう。われわれの身体や精神の働きはとても不思議で、医学・生理学、分子科学等が驚異的に進んできた今でも、汲みつくせないほどのものです。障害や疾病は人間の不思議さ、深遠さを教えてくれ、その身体や精神の働きに改めて畏敬の念を覚えます。障害は健常者の持つ機能の喪失として捉えられる場合が多いと思いますが、実はそれほど単純なものではなく、そこでは人間の隠れた機能が露出されたり、新たな機能の発達が起きている可能性さえ考えられるのです。


参考資料: Blindsight  by L. Weiskrantz (Oxford, 1986)



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